2  天円地方和合
 未生挿花における、真の形というものはどのようなものであるか。結論から述べると、その花矩の規矩、つまり形は「天円地方の和合」という、ひとつの観念に集約される。
 「天」は根元的な一元的なものとして、時間・空間の概念に於いて無限性を持っている。天は始まりもなく終わりもなく万古運行して瞬時も休息するようなことはない。その現象は「動」であり、その無限性を形で表現すると「円」となる。また一方で、「地」つまり地球は天界中にあって、その位置をひとつに定め、地上の万物万象はこの地によって生じ、そして育まれる。その現象は「静」である。「地」には東西南北があり、また上下左右の四方がある。そのため「地」を形に求めると「方」になる。
 「地」に在る有形有限の万物万象の表面的な現象の裏には、この「天円」という無形無限の本質が表裏一体となって存在する。この本質である「円」と現象である「方」という、相対的な関係を持つ「天円地方の和合」の姿が未生花矩の基盤となっているのである。
 円の中心から左右上下へ+の経緯線を引き出し、横に引く経線の上下、また縦に引く緯線の左右が円線と交わった点を、それぞれ南北・東西とする。この東西南北の四隅をもつ方形を南北の線で、東西の二点を合して二つ折りにし二等辺三角形を作りだす。この三角の鱗形は「天」と「地」の間にある形あるものの形成の基礎であるといえる。すなわち、この三角形が転化して変移していくことによって、様々な形・物質が生み出されるのである。未生流の花矩は、この万物の基盤といえる二等辺三角形の鱗形を以って作られており、この鱗の形がそのまま挿花の形となっている。
 この二等辺三角形の花矩は、表裏が備わったものである(表裏花矩)。詳しく述べると、この未生流花矩の基本である三角形の鱗形はその中心でふたつに分け二分すると、小さな三角形が二つ出来る。もともとの大三角形の表尺(陽)が、二分した小三角形の裏尺(陰)となり、いっぽう大三角形の裏尺(陰)は、小三角形の表尺(陽)となる。更に二分すると同様の変化が生じる。このように尽きる事なく二分し続けていくと、表裏陰陽は際限なく変化していくのである。陰と陽が減少したり増加したりする「陰陽消長」という未生無限の理念が、ここに現されているのである。
 また、この三角形は主位(陰)・客位(陽)という陰・陽の両極を備え、先程述べた表矩・裏矩というように、大中小に絶えることなく変化し続ける。花葉に大小、枝に長短と、さらに内外表裏というような両極のものを備えて花を挿け、丸葉・黄葉・枯葉・紅葉のものを挿ける。つまり、ひとつの花矩に陰陽という両極の概念を同時に備える。その陰陽の両極なるものの和合する姿を追求する。「天円」と「地方」が合形し結びつくことで生じた陰陽という働きを知り、その両極なるものの和合するところ、すなわち「陰陽和合」に未生本質に在るひとつの理を感じ取るのである。
 そしてまた「左旋」と「右旋」という物事・草木の現象を知ることも必要である。天は陽であって、そのために左旋する。いっぽう地は陰であって右旋する。この働きは心眼でしかわからないものであるが、この「左旋」と「右旋」の働きを感じ取ることも大切なことである。易の基本とされる中国の「河図洛書」には、円を現す「河図」は相生をもって序となす故に左旋であり、いっぽう方を現す「洛書」は相剋をもって序となす故に右旋であると記されている。また古事記・日本書紀にも「陽の神は左旋し、陰の神は右旋する」とされている。
 なお、地中に陽の気がある時に生じる草木は左旋し、地中に陰の気がある時に生じる草木は右旋すると言われている。すなわち「天円・陽」の影響を地の中で受けたときは左旋し、一方で「地方・陰」の影響を地の中で受けたものは右旋するのである。地中に陽気を含む時は、「冬至」の季節であり、この陽気が地上に発生する時は「春分」である。よって冬至より春分にかけて生じる草木は左旋するものとされている。また一方、地中に陰気を含む時は「夏至」であり、この陰気が地上に発生する時は「秋分」である。よって夏至より秋分にかけて生じる草木は右旋するものとされている。さらに、春分より秋分に種を蒔いて生じるものは右旋する。これは地中に陰気があるためである。いっぽう、秋分より春分に種を蒔いて生じるものは左旋する。これは地中に陽気があるためである。このように草木は、天と地の両気を素直に、且つ敏感に受けて生じていくのである。