6  杜若八ツ橋の景色 挿け方
「むかし男ありけり」の出だしで有名な「伊勢物語」に、京の都を追われて鎌倉に下るようにと、左遷を命じられた在原業平のことが描かれている。在原業平は東下りする途中に「八橋」という地(現在の愛知県知立の東部)を訪れた。「ここを八橋と言ひけるは、水行く河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるなり」と伊勢物語にある。その八橋の逢妻川の辺に、杜若が美しく咲いており、旅の一行の一人が「かきつばた」の五文字を読み込んで旅の心を歌にするように業平に促した。その時に詠まれた歌が、「からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもう」である。その意は「旅を続けるにつけ、唐衣の褄(つま)が次第に身に柔らかく馴じんできた。この唐衣のように慣れ親しんだ都や、都においてきた妻のことを想うと、なんと侘しいものか。ほんとに遠くはるばる来てしまったものだ。」というものである。この在原業平の気持ちを察した旅の一行の者は涙したと言われている。この故事を偲び、このときの杜若の情景を表現するものである。
 小さな広口に黒白の砂利をもって川を取り、この八ツ橋の景色を移しとる。このとき黒は陰を現す水、そして白は陽を現す陸地と考える。この八つ橋の景色は、先ず広口の真ん中に大川を取る。大川といっても、非常に流れの緩やかなものであるために、よって真横に幅広く黒石で現す。ちなみに縦に川を取れば、急な川の流れを表現することになる。その大川の左右に蜘蛛の手のように川が集まった四川の支流を作る。この大川を挟んで出来た八川に橋が掛けられているかのように杜若を挿けるものである。
 杜若は、それぞれ岸の方に寄せて挿けていく。先ず、定法のところへ、すなわち三才の飾り石の天石の位置に大株を挿ける。花は五輪以上手練に従って、二十五、二十七輪と使い、花は三葉一花の心でもって挿ける。この大株の後より広口の中央に向かって、蜘蛛の巣とぢ葉三枚を水を潜らして出す。この上に半開一輪、追葉二枚を加えて五葉一花の横姿とする。この蜘蛛の巣とぢ葉は、蜘蛛の手の如く広がる川の景色を受けたもので、追葉二枚(太刀葉・冠葉)は、冠を付け太刀を付していた在原業平を現す。そして半開一輪は、このときの業平の心を察するものである。また留に水吸い葉の二枚を加える。
 この追葉(太刀葉・冠葉)は、以下に詳細を述べる。昨冬、地下茎に包まれていた蕾が、寒気の為に外に出でる事が出来ず越年し、春の陽気の萌しによって地上に姿を見せ花を開くが、その間この花を冠包んで寒気から守ってきた花茎の付き葉が、花咲く頃には長く伸びていく。この花茎の付き葉を「冠葉」という。また同じ花茎の付き葉として冠葉よりも新しい葉で、花茎の一番上にある葉を、その立ち昇った姿をもってして「立葉」「太刀葉」という。これは伊勢物語の「八つ橋」の故事に登場する在原業平が、冠を付け、太刀を付していた事に由来するものである。この「太刀葉」「冠葉」は花茎の付き葉であるため、これを好みの長さに組合わせることが出来ない。そのため、他の組葉の長い葉をもって代用させて、「太刀葉」「冠葉」として長葉を入れる。これをもって追葉というのである。すなわち、これは虚の生け方であるといえる。多く体の後ろに用いたり、また八つ橋の景色挿けにおいて、蜘蛛の巣とぢ葉3葉と合わせて太刀葉・冠葉の追葉二葉を使うのがこれである。
 さらに冠葉には、露流葉(下に垂れ下がったもの)・露受葉(斜上に立上ったもの)・露止葉(真横に出たもの)の三通りのものがある。秋の杜若においては花を葉よりも高く用いるが、花茎に実の姿の「太刀葉」「冠葉」を花茎に残したまま使うこともある。これは、すなわち実の挿け方であるといえる。
 つづいて八ツ橋の挿け方として、七葉二花の立姿、五葉一花の立姿、七葉二花の横姿と都合五株を、向こうと手前の川に景色よく挿けていく。そして、その間々に若芽を二・三枚ずつ組んで、水切葉・水吸葉として挿ける。この水切葉・水吸葉とは、水を切って生じ、また水を吸って成長する成長途上の葉である。この挿け方は、在原業平の心を感じながら、八つ橋の情景を移しとって挿けることが大切である。