2f 中元の花
 七月十五日は、三元(上元・中元・下元)の中のひとつ「中元」である。この中元の日は贖罪の日であるとされ、庭などで終日火を焚いて過去の罪を懺悔した。御世話になった人に贈物をする現在の贈答の風習は、この贖罪の意を込めたものとして残っているものである。
 また、この中元の日には過ぎ行きた半年間の無事を祝って、盂蘭盆(うらぼん)の行事をして祖先を供養した。盂蘭盆とは、祖先の霊を死後の苦しみの世界から救済するための仏事であり、種々の供物を祖先の霊・新仏・無縁仏(餓鬼仏)に供えて冥福を祈った。この盂蘭盆の初日に、祖先の魂を迎えるために焚く火を迎え火といい、いっぽう最終日に祖先の魂を送るために焚く火を送り火という。また盂蘭盆の終りの日に、灯籠に火を点じて川や海に流して魂を送った。これを燈篭流しという。古来中国では、天地万物の根源である「太乙」、それを擬人化した「太乙帝」を、中元の日に祭って、その年の無事なることを祈った。
 この「中元の花」としては、先ず広口を使って陰陽二石または三才の石飾りをして、黒白の石で水陸を分ける。そして伐竹に時候の花、特にミソハギを添えて挿けるものである。竹は陰の司であり、中元や仏事にはふさわしいものである。またミソハギは盆花であり、追善の花や中元の花のとき以外には用いることはない。仏の座とみなす天石には、陰性の竹と、仏に献じるミソハギを挿ける。そして地石には、仏を拝む姿として、ミソハギを横姿にして挿ける。
 七月は「竹の春」といって若竹を愛する月であり、また一方で正月は「竹の秋」という。陽の司である松にとっては正月が「春」であるが、陰の司である竹にとっては正月は「秋」となる。そして、陰の司である竹にとっては七月が「春」であるが、陽の司である梅にとっては七月は「秋」となるのである。一切の物は生じてから三ヶ月目が、そのものの「春」とされる。この中元の七月に春を迎える竹、この竹にミソハギを添えて「中元の花」として挿けるのである。