2g 八朔の花
 「朔」は一日を意味し、八月一日を「八朔」という。この「八朔」の頃は、台風や害虫の被害をこうむる事が多い。そのため「田の実の節句」として農家では穂掛けが行なわれ、風雨の順調や五穀豊穣が祈願された。穂掛けとは、稲の刈初めに穂を門戸などにかけて神に奉り、新米の収穫を神に感謝したものである。この農耕儀礼に源を発し、次第に武家から公家へと浸透していった。_ また江戸時代においては、この日は徳川家康が天正十八年(1590)八月一日に初めて江戸城に入城した記念すべき日として、幕府はこの日を特に正月に次ぐ祝日とした。さらに朝廷においても、「後水尾院當時年中行事」に「八朔」が恒例の行事として紹介されており、江戸時代に至っては貴賎の別なく盛大に行われていた。また、「田の実」を「頼み」と解し、君臣・朋友互いに頼み合うことから、その御恩を感謝する意味をもって、八朔の日に互いに贈り物をするようになったともいわれている。
 この「八朔の花」としては、白梅・白萩・白菊・男郎花など、とにかく白い花を挿ける。八朔の頃は秋半ばであり、「五行五色」において捉えると、八朔は「西」の方向の「白」を現す時候であることから、このときの花として白い花のみを挿けるのである。五色とは「木火土金水」の五行の色をいい、東は「木」にして青色を、南は「火」にして赤色を、西は「金」にして白色を、北は「水」にして黒色を、中央は「土」にして黄色を現す。そして四方から中央に至って、この五色が生じるものとされている。
 また梅の早咲きで、八朔の頃に咲く梅を八朔梅といい、「八朔の花」としてこの梅を用いるときは少し色のついたものでも構わないとされている。