5b 花所望の心得
 「貴人より挿花御所望の時の心得」として、貴い御方の希望で花を挿けるときは、花手前など万事に失念のないように行なうことが肝要である。またこのとき、草木は位の高いもの、縁起のよいものまた名のよいものを十分に吟味して挿ける。しかし、貴人の好みの花などがあれば、それに従って挿けるものとする。貴人の御前に召されることがなく、指図された別室で挿ける場合には、取次ぎの者が持っていく時に、花が崩れることのないように、十分に注意して挿けておかねばならない。
 「高位貴人へ挿花御所望の心得」として、高位の貴人に挿花を挿けてもらうように所望する時は、床の掛け物は外しておく。ただし、神仏の像の書かれた掛け物は掛けておいてもよい。先ず、床の中央の花台の上に、水を六・七分入れた花器を置いておく。次に、花は四〜五種ほどよく養ったものを用意しておき、その中より貴人の選んだ花を花盆に載せ、花留・布巾・鋏を添えて、これを三方か木具に載せて持っていく。そして、床に置いた花器に適するかどうかを御伺いして、もし合わないとのことであれば、二〜三種類の花器を持っていって選んでいただく。
 貴人が床前に御座されてから、花盆、水注の順に運び出て、貴人の右脇程に置く。貴人が花を挿けている時には、次の間に控えて、手をついたまま拝見する。挿け終わってからも、万事失念のないように気を配るものである。またこのとき、書院に釣香炉を掛けていてもよい。
 「客に花所望の心得」として、客に花を挿けてもらうように所望する時は、先ず花器を床に飾り置き、水は六・七分入れておく。客が座してから、花・鋏・花留を載せた花盆を持っていき、客が花を見立てている間に、床の掛け物を外す。三幅対の掛け物であれば、真ん中のみを外すものである。このとき、客は「掛け物はそのままに」と言ってくるが、その場合は、その時の状況に応じて取り計らう。ただし、横物の掛け物であれば、花を見切るようなこともないので、そのままに掛けておく。客が花盆をもって床前に座してから、主人は水注を運ぶ。客が花を挿け終わり、そのまま花盆をもって元の座に戻り、最後に客の「足し水を」の挨拶があった後に、主人は花器に足し水をして、その跡を布巾で拭いてより、水注を持ち帰る。
 以上、亭主が客人に花を挿けることを所望したときは、置花器に挿けられた客の花は床の中央に据えて置く。そして、その客が亭主にも花を挿けることを所望したときには、亭主は趣向を変えて掛花器を使い、床柱に掛け花を挿けるのである。このときの主人の花手前としては以下に述べる。先ず、水を六〜七分入れた花器を床へと運び、手前に向って柱の方に置いておく。次に、花盆に水注などを載せて、常のところへ運び置く。定座して後に挨拶をし、花盆を置きなおし、床に向って鋏を出す。そして花留をして水を注ぎ、花器を床柱に掛けて挿けていく。挿け終わってから鋏をしまい、更に四季の足し水をして、花盆を元の位置に戻し、そして床縁を拭き、布巾を花盆に載せて持ち帰る。
「床に立花挿花有る時の心得」として、床に花がある席で、挿花を挿けることを所望された時は、床の花と色や形などがさし合わないような花材を選んで挿けるものとする。そしてこの時に挿けた花は、違棚の下、もしくは座敷に置く。また、床に挿けてある花が奥伝の花・桜・紅楓・白蓮などであった場合は、同じ間ではなくて、次の間に挿けて置く。床の花が立花であれば、種類多くの花が挿けられてあるので、多少はさし合う花を挿けてもよい。ただし、役枝として主に使ってある花材は避けるべきである。