5 花留
 花留をするときには、花器の正面を正しく定めることが大切である。つまり、耳附きの花器であれば耳を左右に、三つ足の花器であれば一つ足が前にくるように、また模様附きの花器であれば模様が前にくるように正しく花器を据え、その後にしっかりと花留をいれることが肝要である。この花留には、又木(配り木)を使うものである。花留の付け方としては、六分下がって性気の通いを入れ、丸い花器の中を角に見てとり「隅付け」にする。また「横付け」「向う付け」「前付け」にすることもある。挿ける花の姿に応じて、この花留も変化させるべきものである。
 また盥や馬盥、広口などに花を挿けるときには、観世水をはじめ海老、碇、蓋置、五徳、三疋兎、眠竜、蟹、二匹鯉などを花留として用いる。これ以外の花留としては、渦、碇、海老、蛸、亀、蛇籠などのものがある。「曲留」として即興で花を挿ける時には、花鋏をはじめ分銅、文鎮、鎖、小柄(小刀)、簪(かんざし)や碁石などを花留に使ったりもする。碁石は黒白の砂で水陸の景色を移しとるものである。ただし曲留は即興の時に用いる花留であり、これを会席に用いてはならない。以下に主な花留を説明するものとする。
 即興の曲留として挿ける「鋏挿け」は、鋏を花留として用いるものである。鋏の刃先で花をはさみ、花器の縁で留める。このとき花が重くて動くようであれば、手前のほうに小さい石などを置いて使う。また「渦」は鉛を渦巻きに巻いた花留であり、葉物などを挿けるのに適している。これは現在でいうところの剣山の役目を成すものである。渦を巻いた水の文様を観世水というが、「観世水」の花留は鉛の平板を渦巻き状に巻いたものである。この花留は、水草を挿けるときにのみ、水盤や広口に用いて使うものである。
 「五徳」は炉の中で用いるものである。これを花留として用いるときには、火に縁があるものであるので慎重に行うことが必要である。また「蓋置」は、茶道において釜の蓋を置くものであるが、これを花留として用いることもある。
 「碇」は置舟のときに舟を載せるのに使うものであるが、舟の中に花留として使ったりもする。ただし、このときは「往来の舟」のときに限って使うものである。というのも、海を往来する時には碇は船の中にあるが、いっぽう停まっているときには海の中に沈んでいる状態にあるからである。また、この「碇」の花留は水草に限って使う。「鯉・海老・蛸」の花留を使うときも、「碇」と同様に挿ける花は水草に限るものである。なお「亀・眠龍」の花留は、水陸の草花いずれにおいても使ってよい。しかし「兎」の花留は陸物に限るものとし、木賊・はぎなどの閑静な花を挿けるものである。このとき、兎が駆け巡る野を連想させるような、枝折れのあるようなものを使うと、よりいっそう風情がある。さらに、三疋兎は左右中央とそれぞれ振り分けて使うものである。
 「蛇籠」は、丸く細長く粗く編んだ籠の中に砕いた石などを詰めて、河川の護岸や水を防ぐものとして使われるものである。花留としての「蛇籠」は、中に砂・石を詰めて花を留める。この花留の蛇籠の寸法としては、長さ九寸・差し渡し三寸六分の大きいもの、そして長さ八寸・差し渡し二寸八分の中のもの、また長さ七寸二分・差し渡し二寸四分の小さなものと三種類のものがある。それぞれ広口に合わせて、川の情景をかもし出すように用いる。
 花留の「蟹」の使い方には陰陽の差別がある。左(向って右)の広口の縁に足をかけて空に向う蟹を「陽の上り蟹」という。一方で右(向って左)の広口の縁に足をかけて地に向う蟹を「陰の下り蟹」という。背中(表)を見せて、向こうを向く蟹は、すなわち陽である。腹(裏)を見せて、こちらを向く蟹は、すなわち陰である。陰の床に主位の花(陰の花)を挿けるときには、花留の蟹を「陽の上り蟹」とする。いっぽう陽の床に客位の花(陽の花)を挿けるときには、花留の蟹を「陰の下り蟹」とする。いずれにしても、蟹の花留は床柱付の方に据えおいて用い、光に向う花姿の用下に蟹の正面が向くようにする。この蟹の花留を二つ使うときには、大小陰陽と変化をつけて用いるものである。また三つ使うときもあるが、このときもそれぞれ同じ向きとならないように向きを変えて用いる。尚、この「蟹」の花留は、水陸の草花いずれを挿けるときにおいても使ってよい。
 「轡」は手綱をつけて馬を御するときに用いるものであり、これを花留として使うことは、古く小田原の陣にまで遡る。千利休がこの戦において疲労する陣中で、馬盥を花器に、そして轡を花留にして花を挿けたことが起源といわれている。この轡の組み方には、「浮蛙」「兎」「水鳥」「亀」「花車」「御所車」「掛轡」の七通りのものがある。「兎」「花車」「御所車」を花留として用いるときには花は陸草のものを、そして「浮蛙」「水鳥」「亀」を用いるときには水草を挿けるものである。また、この七通りの組み方以外のものとしては、自由に重ねて用いる「葎」、そして複数の轡を重ねて用いる「八重葎」がある。尚、この轡は馬盥に使うものであるので、床に挿ける花留として用いてはならない。以下に七通りの轡に関してそれぞれ述べるものとする。
 「浮蛙」は両手を伸ばし、両足で水を勢いよく蹴って浮いている蛙の姿を轡で現したものである。轡のハミ(ハミガネ)を蛙の頭に、カガミを胴体に、またタコガシラを両手に、そしてヒキテを両足に見立てるものである。先ず、カガミの表が下にくるように裏向けにして、タコガシラの輪にくるようにする。そして両方のカガミを左右重ねあわせて、ハミガネの先端がタコガシラの方に向くように立てかけて固定する。またヒキテは蛙が足を伸ばしているようにする。このときの花としては、カガミの組違いのところに水草を挿ける。自然の池をのびのびと浮いている蛙の姿に想いを馳せながら、その景色を移しとって挿けるものである。
 「兎」は野山を自由闊達に飛び回る兎の姿を轡で現したものある。轡のハミガネを兎の頭に、カガミを胴体に、またタコガシラを前足に、そしてヒキテを両耳に見立てるものである。先ず、カガミの表が下にくるように裏向けにする。両方のカガミを重ねあわせてタコガシラの輪が下にくるようにし、ハミ(ハミガネ)がタコガシラのほうに向くようにする。そして、両方のヒキテを両耳としてカガミの下より上に引き上げて、兎の頭であるハミのところに交差させて据える。このときの花としては、カガミとハミガネの組違いのところに、山野にあるススキや野菊などの草物を挿ける。秋の野山を飛び回る兎の姿を想いながら、その情景にふさわしい花材を使って挿けるものである。
 「水鳥」は水の中に首を入れて、餌を探しながら泳いでいる水鳥の姿を轡で現したものである。轡のハミガネを水鳥の頭に、タコガシラを尻尾に、そしてヒキテを足に見立てるものである。先ず、カガミの裏が下にくるように表向けにして、タコガシラの輪が上にくるようにする。ハミガネは下方に向くようにし、水鳥の頭が水中にある様をここに現す。そしてカガミの穴に、ふたつのヒキテを上から下に引き通して、タコガシラの輪の下にくるように、左右それぞれ交差させて出す。このときの花は、カガミとヒキテの組違いのところに挿け、杜若など水陸の草花いずれにおいて挿けるときにも使って構わない。
 「亀」は、鶴とともに長寿を象徴する亀を轡で現すものである。轡のハミガネを亀の頭に、カガミを胴体に、そしてタコガシラを後足に、ヒキテを前足に見立てる。先ず、カガミの表が下にくるように裏向けにして、タコガシラの輪が下にくるようにする。そして、左右のカガミを重ね合わせ、このカガミの穴に、ふたつのヒキテを上から下に引き通して、左右にそれぞれ交差させて出す。手足ともに短い亀の姿を現すものなので、タコガシラ・ヒキテともに短く見せておく。このときの花は、カガミとヒキテの組違いのところに挿け、水陸の草花いずれにおいて挿けるときにも使って構わない。
 「花車」は花で飾りつけた車であり、百花斉放いっせいに咲き誇ったたくさんの花々を、箱や籠に挿して優美に飾りつけた車である。この花車を轡で見立てて花を挿けるものである。先ず、轡のカガミを両方立てて用い車輪と見立てる。このときハミガネがタコガシラの方に、つまり花車の後方にくるようにする。そして、ふたつのヒキテを、それぞれカガミの穴から通して、ヒキテ先の輪でもって、ハミガネの輪とヒキテの輪とカガミの軸とに絡め合うようにして止める。このときの花としては、牡丹などを豪華絢爛にハミガネの間に挿ける。
 「御所車」は平安時代に貴人が乗っていた牛車で、車輪に漆、金塗り、金具の付いた豪華な車をいう。この御所車は幸と福を運ぶと言われている。この御所車の姿を轡で表現したものである。先ず、轡のカガミを両方立てて用い車輪と見立てる。このとき、御所車を引く牛とつなげるためのハミガネが、前方にくるようにする。そして、ふたつのヒキテを、それぞれカガミの穴から通して、ヒキテ先の輪でもって、ハミガネの輪とヒキテの輪とカガミの軸とに絡め合うようにして止める。「花車」との違いとして、「花車」はハミガネを上向きに後方へと組むのに対して、「御所車」はハミガネを下向きに前方にくるように組む。このときの花はヒキテの組違いのところに、桜などの位が高く、かつ優美な花を挿ける。
 「掛け轡」は、広口や馬盥に掛けて据え置く使い方である。先ず轡の一方のカガミを器の隅に安定するように置き、このヒキテは器の中に入れておく。そして、もう一方のカガミを器の外側に立て掛けて据え、このヒキテは全体のバランスがとれるように用いる。このときの花としては何を挿けても構わない。