10 船
 船花器の種類には、「常船」「湖船」「唐船」「銅船」とある。「常船」は、船首である舳先がとがり、いっぽう船尾である艫先が切ってあるもので、これは海上を行き交う普通の船のことである。そして「湖船」は、船首である舳先も船尾である艫も、共に平らに切ってあるもので、河や湖に浮かび進む船のことである。また「唐船」は大洋を航海する唐風の大船のことで、大きな房がついた豪華な船である。この「唐船」に花を挿けるときは、房を邪魔することのないように、船を漕ぐ櫓をあらわす「艫花」を挿けることはない。さらに、「唐船」は外国の船であるので、遠方の景色を移しとるため、最も高く釣って使うものである。最後に、「銅船(かねふね)」は、船の形をした銅製の器のことである。釣紐が鎖になっており、竹の船よりも少し小さい船である。そのため、この「銅船」には、きゃしゃな花を小振りに挿けるものである。また船中の板より水が上がってしまえば船は沈んでしまうことから、この銅船の中にある板銅より上に水を足してはいけないとされている。
 以上の船花器は釣って使うものである。この釣り方としては、船首である「舳先」を明り口の方へ向けて釣る。またこのとき、床の真中に釣ってしまえば、行き交う船の動きを感じることが出来ない。よって床を三分割して、床柱の方から三分の一あたりの位置に釣るのである。
 この船花器の使い方としては、「出船」「入船」「置船」「停船」の四つと、そしてまた「舟の三景」として「沖往来の船」「渚往来の船」「掛り船」の三つの方法がある。以下にそれぞれ説明するものとする。
 「出船」 
 床の明り口が左(向かって右)にくる、陽の床に釣った船のことを「出船」という。船の帆をあらわす花である「帆花」を立姿にして客位の姿で挿け、そして船を漕ぐ櫓をあらわす「艫花」を横姿にして主位の姿で挿ける。この「出船」は、港を出て行く船を現したものである。よって横姿にする「艫花」は船底より下げて挿け、いっぽう立姿の「帆花」は高く伸び上がるように挿ける。この高く挿けた「帆花」と、長い「艫花」から、力強く航行する船の姿を見て取ることができる。
 陰陽で捉えたとき、左(向かって右)は「陽」であり、いっぽう右(向かって左)は「陰」である。なお「沖」は「陽」であり、「渚」は「陰」を示すものである。よって陽の床に釣った船は、向かって右つまり陽である「沖」のほうに向かっている船の姿であるので、これを「出船」という。
 「入船」  
 床の明り口が右(向かって左)にくる陰の床に釣った船のことを「入船」という。船の帆をあらわす花である「帆花」を立姿にして主位の姿で挿け、そして船を漕ぐ櫓をあらわす「艫花」を横姿にして客位の姿で挿ける。この「入船」は、港へ帰ってくる船を現したものである。陰の床に釣った船は、向かって左つまり陰である「渚」のほうに向かっている船の姿であるので、これを「入船」という。
 「置船」
 陸に引き上げられた船を現す「置船」は、いかり・鎖・花台・薄板を使って据え置くものである。「渚」の陰に対して「沖」は陽であり、また「床柱」の陰に対して「明り口」は陽である。そのため、船首である「舳先」を「沖」である明り口の方に向けて置くものである。この「置船」に挿ける花としては、船の帆をあらわす「帆花」を立ち姿にして一株挿ける。また半横姿の花をもう一株挿けて、船上に引き上げられた櫓を現しても構わない。
 「停船」
 船が港近くで停船している姿を現すのが「停船」である。このときの船は、帆は下ろして、船を漕ぐ櫓も上げているので、よって「帆花」「艫花」としての花は挿けない。その代わりに、船首である舳先の方へ横姿を一株挿けて、櫓を上げて船が停っている姿を現すのである。
 この「停船」は停船してはいるものの、碇は下ろしていない姿である。また、この「停船」の横姿に挿けた花の用が流しになって船底より下ると、それは窮地の際に逆向きへと進む「逆艫」となる。この「逆艫」は、戦場などにおいて急に後退を余儀なくされたとき、船首を後ろにしたままで逆の方向に櫓を漕いだ船の姿を現したものである。  
 「沖往来の船」(舟の三景)
 遥か沖合いを航行する船の姿を現すのが「沖往来の船」である。沖を往来する船は、帆を大きく張って風力によって航行するので、船を漕ぐ櫓は使われることなく海上よりも上にある。そのため、船を漕ぐ櫓をあらわす「艫花」である横姿の花は、船花器より下がり過ぎないようにする。そしてまた、「帆花」を立姿にして一株挿けるものである。
 この「沖往来の船」は、沖合を航行する遠景の様を移しとったものであるので、これに挿ける花も、かすんで見えるように、はっきりしないような花材を使って小振りに挿けるものである。また遠景を現したものであるので、釣る高さも床から指尺七つ半から八つ目(百十〜百二十センチ)程度と高く釣って使う。 
 「渚往来の船」(舟の三景)
 陸近くを航行する船の姿を現すのが「渚往来の船」である。船の帆をあらわす花である「帆花」を立姿に、そして船を漕ぐ櫓をあらわす「艫花」を横姿にと、この「帆花」「艫花」ともに形・法格をしっかりと守り、また挿ける花の数も明確にはっきりと分かるように挿けるものである。
 この「渚往来の船」は、陸の近くの近景の様を移しとったものであるので、釣る高さも床から指尺四つ半から五つ目(六十八〜七十五センチ)程度と低く釣って使う。 
 「掛り船」(舟の三景)
 沖合いに船の碇を下ろして、停まっている姿を現すのが「掛り船」である。このとき、船の帆は下ろし、また櫓も船中に上げてあるので、よって「帆花」「艫花」ともに挿けることはない。碇を下ろしている姿を現すものの、水中にある碇は見えることはない。また、船が魚を捕るために下ろしている綱も、水中にあるので見えない。
 ただ、これらの姿を心眼でもって見て取り、「網花」という花を挿けるのである。停まっている船は流されて渚の方に打ち寄せられていくので、碇も綱も船の向こう側、つまり渚とは逆の方より下ろすものである。そのため、この「網花」の花は、船花器の後ろ向こう側より、船底を潜らせて手前へ振り出して挿けるものである。